地球気候変動と春の七草

ちょくちょく覗かせていただいている
『仙丈亭日乘』さまの昨日のエントリ
七草粥 (七種粥)

1月7日に「せり」やら「なずな」やら「はこべら」やらが手に入るといふのも奇妙な話だ。
舊暦の1月7日は今の暦でいへば2月下旬。
それでもまだそれらの季節には早いやうな氣がする。
昔は春が來るのが今より早かつたのだらうか・・・

という疑問が呈されていた。

で、
縄文海進っていうくらいだから、
大昔は暖かだったので
いまの4月くらいの気候だったのでは
?と
ヤマをはって検索してみると
こんなページに行き当たりました。

春が来るのが今より早かったというよりは
冬が今ほど寒くはなかった
ので、
(平安時代には)七草を見つけ出すこともそう難しくはなかった
のかもしれません。
・・・小氷期だったといわれる江戸時代にはいったいどうしていたのか?
という新しい疑問が浮かんでしまいましたが。
(ひょっとしたら、促成栽培している農家があったのかもしれません。)

ちなみに「せり」ですが
今はさすがにもうないのですが
私が子どもの頃(30年余り前)は
雑草として田んぼの用水路に生えておりました。
(そう、なずななどと同じ扱いです)
当時はメダカも普通にその辺の用水路にいました。

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by gabefunyaa | 2009-01-08 09:27 | あれこれ | Trackback(2) | Comments(5)

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Tracked from 仙丈亭日乘 at 2009-01-08 11:10
タイトル : 七草粥 (七種粥)
けふは五節句のひとつ、「人日(じんじつ)」。... more
Tracked from 仙丈亭日乘 at 2009-01-08 11:52
タイトル : 七草ふたたび
氣候變動と七草。 「(まめ)たぬきの雜記」さんより教へて頂いた。... more
Commented by 仙丈 at 2009-01-08 11:06 x
私の素朴な?疑問について調べていただき、ありがたうございました。
「繩文海進」の温暖な時代から彌生の寒冷な時代を經て、600年以降1400年あたりまでは温暖な氣候だつたのですね。
奈良・平安時代はその温暖な氣候の眞つただ中。
もしかすると、いまの2月下旬でも「七草」が生えてゐたのかもしれませんね。
「七草粥」が庶民に定著したのは江戸時代らしいですが、江戸時代は寒冷な氣候。
その頃の庶民がどうやつて舊暦1月7日に七草を入手したのか興味のあるところです。
Commented by おりがみ at 2009-01-08 12:50 x
20年ほど前まで、わが職場がけ保の周辺ではクレソンもセリも沢蟹も狸もいました・・。人の手があまりはいらないトチでしたので。

おりがみがおもうに、人の手が入っていない自然は、ちょっと低めの温度設定でも大きな自然のサイクルに沿って動けて、案外寒冷の時期にも「暦上は春だから出るよー」と草が出てきていたんじゃないでしょうか?なんて、非科学的なことを考えてます。
Commented by Penpen at 2009-01-09 08:44 x
以前母が「昔は七草パックなど売っていなかったので、7種類ぜんぶそろえようなんて最初から考えなかった」と申しておりました。それっぽい緑が何種類かあればOK!だったようで。
江戸時代の庶民も、フルコンプはさくっとあきらめて(ないものはないですからね)、「春」の気分だけを満喫したのではないでしょうか。
Commented by gabefunyaa at 2009-01-11 14:35

>おりがみさん
狸は人里近くにいるようですね。(東京では皇居に住まいしているらしいっす)
クレソン、セリ、水のきれいな土地なのですね。
Commented by gabefunyaa at 2009-01-11 14:36

>Penpenさん
「七草パック」考えた人はかなりのアイデアの持ち主(付加価値販売)ですね。
江戸時代の庶民、大半は「緑」があればいい、って思ってたでしょうが
豪商は七草セットをお買い求めだったかもしれないですね。

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