けっこう生き残りに必死なんよ、城崎温泉。

美人時計に登場 城崎温泉の浴衣美人(Excite Bit コネタ) - エキサイトニュース

この記事に紹介されているのは
新しい情報を常に発信し、街を盛り上げてゆこうという住民の力。じつは今になって始まったことではない。なんと城崎温泉は、復興を遂げた土地なのである。

さかのぼること大正14(1925)年5月23日。城崎温泉は、北但(ほくたん)大震災で壊滅的な被害を受けた。しかし城崎の人々は立ちあがる。復興のコンセプトは“元に戻す”というもの。城崎の人々は、城崎温泉の宝物は、木造3階建て旅館が立ち並ぶ和風の情緒だとして、昔ながらの木造3階建ての街並みを取り戻したのだった。そして今も、この街並みが残る風情のある温泉地。訪れる人は浴衣を着て、下駄を履き、街をそぞろ歩き、7つの「外湯めぐり」を楽しむ……それが城崎温泉の風景となっている。


城崎温泉復興の、ほんの一部分の話だですわ。
北但大震災は、
阪神淡路大震災や、今回の東日本大震災、
そしてまだ記憶に新しいであろう中越地震とは違い、
その発生が真昼間、昼食の支度をしている時間帯であったことが
大火災の発生という悲劇につながったのです。
「壊滅的な被害」=家屋の倒壊と思われるかもしれませんが
城崎温泉街においては火災の被害が大きかったと伝え聞いています。

中越地震が起こる直前、
台風による大雨で北近畿は壊滅的な打撃を受けました。
そう、水浸しで道路や鉄路のインフラが壊滅状態。
城崎温泉に行ったことのある人はわかるでしょうが、
メインの川がほぼ土地と同じ高さにあるのです。

高速道路の発展で、それまでは宿泊していた京阪神地域の客が
城崎温泉をふくむ但馬については、ほぼ日帰り観光となり、
宿泊客は思いっきり減少しました。
また、
阪神淡路大震災で、観光どころではなくなった人が多かったことも
宿泊客の減少に追い打ちをかけました。

山陰海岸のジオパーク指定など
新たな動きもあるんで、
なんとかまた、往時のにぎわいを取り戻そう、と
城崎温泉はまあ、そういう状況なんです。

ぜひ、竹野や香住などの但馬地域、
また丹後半島の周辺にある海水浴場に行った帰りには
ちょこっと城崎温泉に立ち寄ってみてください。
城崎温泉「湯島」の地図

人気ブログランキングへ

[PR]

by gabefunyaa | 2011-08-08 18:14 | あれこれ | Trackback | Comments(0)

トラックバックURL : http://kotanuki.exblog.jp/tb/16082609
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。

<< 中高年にも軽いノリの人は多い 三連敗かあ。【追記あり】 >>