見てなければ見えない

電車の中で発展途上国に在住経験のある二十歳位の女子が友達に
「日本のトイレはどこでもキレイで紙もあるけど…。」
「幼稚園ぐらいのモノ貰い*の女の子が…。」
と話している。
日本も色々なんだが

【追記】
*物貰いという言い方もあるようだが物乞いのほうがぴったりくる。
モノモライという音はめぼ(めばちこ)を指すこともあるので
しゃべり言葉の時にはわかりやすさを優先したほうがいい。
(まあ、帰国子女だからその辺にはこだわりがないんだろうか)

「日本のトイレ、どこでもキレイで紙もある」
っていったいどんな生活してたんでしょか…このお嬢さん。
まあ、この後に続いていた
「トイレに入るにはお金がいる」は
日本ではめったにない
(確か、東京駅丸の内口に導入されていたような覚えが)
のは確かなんですが
「お金払っても汚いから、なるべくトイレに行きたくなくて膀胱炎になった」
というのにはちょっと吹きました。
四国八十八か所遍路や西国観音巡礼をしてると
お寺や駅のトイレ
汚かったり、紙が無かったりってのとけっこう出会いましたからね。

「蛇口ひねったらきれいな水が出てくるけど」
・・・すまん、トイレに手洗いの水道がないところも知ってるぜ。

このお嬢さんの様子を見て
なんで日本の中学や高校の生徒のやるボランティア活動には
日本国内にある貧困やそのほかのいろいろな問題に目を向けるのではなく
海外の貧困やそのほかのいろいろな問題に手助けしよう
というものが多いのかわかったような気がしました。

(意識して)見てなければ(都合の悪いものは)見えない
からなんですよね。
[PR]

by gabefunyaa | 2012-06-30 08:51 | テーマトーク | Trackback | Comments(0)

トラックバックURL : http://kotanuki.exblog.jp/tb/18512076
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。

<< 通路に置くな! 過去の遺物じゃないんだよな・・... >>