気温が

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昨日からなんですけど、
西日本と東日本で・・・違いすぎる

江戸時代の飢饉、
東北地方では餓死者が出るレベル(程米が取れなかった)けど
近畿地方ではなんでもなかった
という話が残ってますが、
こういう
西日本と東日本の気温が極端に違うことが頻発してたんでしょうかなあ。

まったくもって今日も、暑いです。@西日本在住民
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by gabefunyaa | 2012-07-21 09:41 | 天変地異 | Trackback | Comments(5)

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Commented by AK at 2012-07-24 14:35 x
西日本は移民を出す側でしたね。
北陸(ここは西かどうか判断がつかないが。富山は東だと思うし。一般的には富山高岡~石川がグレーゾーンらしい。西日本向け商品と東日本向け商品が並立する地域。)前田百万石は形式的には「不法移民」を飢饉で滅亡の危機に瀕した相馬から常陸に送り出したという「裏郷土史」があるようです。1970年代は東本願寺のクーデターのため、極左勢力史観で「前田の圧制から逃げ出した走り百姓」という解釈が広まったのですが、今はバランスを取って「農家の次男以下(三男以下は「こっぱ」「わんたたき」という蔑称があった地域で、今でも石川~新潟西部の90歳代の人なら使うと思います)が本願寺の斡旋で移民した」「しかし文化が異なる地域で浄土真宗門徒であることが異端視され「走り百姓」と蔑視された」というのが今の解釈のようです。
Commented by AK at 2012-07-24 14:41 x
つづき

余談ながら明治期まで金沢市周辺が日本で3番目に人口が多かった。浄土真宗は間引きをしないから子沢山→明治期の北海道や昭和の満蒙にもたくさん出したこと、そして日中戦争の死者の多くが門徒が圧倒的多数である北陸地方&愛知県出身者ということ(要は次男以下が多数徴兵されていた)こともあったようです。
西日本からの移民というと他に不平士族の乱が多く起きた地域からの福島県安積への開拓移民もありますね。
Commented by AK at 2012-07-24 14:54 x
つづき

先の大震災の際はこの縁を生かした支援活動というのが多数あったそうです。
裏面史なので出した側には資料が少ないが移民した側には大量に資料があるケース(真宗移民)
明治期の話なので資料、記憶ともに多いケース(安積)
両方あるわけですが。
長々失礼しました。
Commented by gabefunyaa at 2012-07-25 17:57

>AKさん
農家の二・三男というのは男子労働力でありながら生活できないという側面はありますもんね。西日本は移民を出す側、ということで満蒙開拓団(わが郷里豊岡は耕作可能地が広いので聞きませんが山間部となる周辺の町村では結構出しております)やアメリカ大陸への移民(私の父方の祖父はいったん加州に移民しながら帰国したといういきさつがあります)は珍しくなかったんですよね。
Commented by gabefunyaa at 2012-07-25 18:01
☆>AKさん
(別件なので項を分けました)昨年、和歌山県から奈良県吉野地方にかけて大規模水害がありました。ちょうどその前、那智本宮が現在の敷地に移転をすることになった明治の大水害でもほぼ被害域は同等だったようです。十津川村の人たちが大規模移住してできたのが北海道の新十津川だそうです。口減らしの移民だけではなく原状復帰が難しいことによる大量移民というのも明治期にはあったようです。風水害の被害は西日本に多いですから、ほかにも同様の由来を持つ北海道の街があるかもしれませんね。

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