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本当にお別れとなってしまった

「卒業」「別れ」の思い出は?
センチメンタルな話や ロマンチックな話ではないことを 始めにお断りしておきます

1990年4月~1991年3月に
 1回だけ 担任を(このときは教諭だったので)持たされたことがあります
 その学年が高校3年生になる時には 担任を外れ
 仕事上の人間関係 が 正直 辛くなっていたので
 逃げるように 退職することを決意していたのですが
 (結局 その業界に非常勤講師として舞い戻っているんですよね・・・)

1992年3月の卒業式
 担任を持っていた Aくんのお母さんが
 「おかげさまで進路も決まりました」
 と なぜか 私のところにやってくるんです
 (?今年は 担任外れてるのにさ?) と思いつつも
 ま その場は何事も無かったかのように
・・・4月に入り
 数少ない 職場で 気を許せていた先輩から
 「Aくんのご両親、(彼が進学した)九州地方の大学の入学式の帰り道に
 自動車を運転していて 事故で亡くなられたんだよ」
との知らせが
 わざわざやってきたお母さん あれは 虫の知らせだったのでしょうか?
 「関西の大学の夜間課程 と 九州の普通の時間帯の大学とでは
 普通の時間帯の方が 勉強し易くて良いんじゃないか?」
 と Aくんにアドバイスしたことが 悔やまれる 苦い思い出です

by gabefunyaa | 2005-03-10 08:21 | あれこれ | Trackback | Comments(2)

Commented by N2 at 2005-03-10 23:27 x
あなたはプロとしてやるべき仕事をやっただけです。恐らく、ほとんどの教師が相談をうければそのようにアドバイスしたと思います。

人生は膨大なアミダクジのようなフローチャートから成っていると思うのですが、あなたはその一部分に触れたにすぎません。
亡くなられた方は、あなたのAくんへのアドバイス後にもたくさんの選択肢を、一つ一つ自分の意志・あるいは運命で選んでいったわけで、それはあなたとは何の関わりもないことです。
人生とはそんなもの、A君にはツライ出来事だと思いますが、ご両親はA君の晴れ姿を見ることができて幸せだったのかも知れませんよ。
Commented by gabefunyaa at 2005-03-15 08:03
コメントありがとうございました
あみだくじ・・・言い得て妙な表現ですね 
でも いまだに この季節になると 思い出すんですよね  
夜間コースには 「ほぼ地元」に残れる良さがある 
 というんじゃなかったらねえ・・・
本人も迷いはしなかったんでしょうが
Aくんは二年の途中に 関東から関西へ 転校してきて
環境になじめるかな?という懸念のあった生徒だけに
頭に残っているのかもしれません

そういえば A君たちの学年が高校を卒業して12年になります
(カープで言えば黒田・澤崎投手の学年です←野村内野手と同じ年の私が、この学年の担任をしていたんですよね・・・。)

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