11年目の 1月17日

 被災者アンケートですら「風化感じる」の声が多数
 (エキサイト社会ニュース共同通信より)




 11年前の あの日から
 ずっと 使いつづけている 電気製品は
 もはや 手元には ほとんどありません
 この投稿をしている PCが おいてある 
 仕事部屋の エアコンくらい ですね
 当時は 尼崎市富松町に住んでいて
 夫の 転勤で4月半ばに引っ越す事となり
 半端な時期の 引越しであったので 
 次の住人が見つかるまで 
 しばらく 空きとなるものですが
 空くのを待ちかねて 
 物件の 所在地を 確かめに 訪れるヒトが
 4月の引越し前にも かなりたくさん あったこと を思い出します
 そういえば 道をはさんで 向いの
 アパートの屋根は ボロボロになったんだったな などとも
 <阪神大震災>発生から11年、鎮魂の朝
 (Excite エキサイト : 社会ニュース毎日新聞より)
 兵庫県内の被災12市1町(当時は10市10町)のうち、
 今年も追悼行事を開くのは神戸市のみで、
 県などの式典もその性格を変えた。
 市民による行事も減り、「風化」の懸念がある。

 公的な 
 あるいは 大規模な 追悼行事が行われなくなっていっても
 ず-っと毎年 学校での追悼行事は行われる事でしょう
 大正時代(もう80年以上前になります)に起きた
 北但大震災 の当日に
 毎年毎年 私の出身の小学校では 避難訓練が行われ
 そのころのことを 語り伝えていましたから・・・

 同じニュースにトラックバックを送っていても 
 見えるもの 思い出すものは
 かかわり方によって かなり違うものですね
 「鎮魂」(『net jack』より)
 「阪神大震災から11年も経ちましたね,でも・・・」(『徒然閑話』より)
 「教訓を風化させるか生かすか」(『Entrepreneurshipを探る旅』 より)
 ちらりと眺めて
 あの大地震とその後の混乱とは 
 ちょっと 私に比べれば 心理的な距離のある人の 話だなあ 
 と思いました

 たまたま ほとんど被害をうけなかったのですが
 知人のさんざんな話を聞いたり その辺をうろうろしていたので
 まだ この地震について冷静に論じる 
 という気持ちには なりませんね
 とはいえ '04年の 円山川の水害 を語る時ほどは
 感情的にはなりませんが
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by gabefunyaa | 2006-01-17 13:46 | 天変地異 | Trackback(7) | Comments(11)

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Commented by hekomiimo at 2006-01-17 14:39
『徒然閑話』のmacおじんは仲良くしているブログ仲間です。




心理的な距離ですか。。。
>同じニュースにトラックバックを送っていても 
 見えるもの 思い出すものは
 かかわり方によって かなり違うもの

ええ、本当に。


私は、TBをすることはできません。


Commented by uncle-mac at 2006-01-17 15:54
TB、リンクありがとうございます。
あの震災のことは一生わすれられません。
しかし、「もう終わった」訳は無く、自然はまた襲いかかって来るでしょうね。今度は太平洋側や近畿南部を中心に。。私は今、大阪南部に移り住んでますが、、「二度目」を味わう様な気がして成りません。
Commented by gabefunyaa at 2006-01-17 16:02

>凹さん
思い出すのは、被災地としてマスコミが流す一体感ではなく,
「違い」ばかりなんです。
自治体が違うと被害程度が違う。
大阪側からだと、西へ1つ橋を超えるたびに、見える光景が違ったのです。
さらには同じ自治体の目と鼻の先であっても・・・被害程度が信じられないくらい違う。
震災について「語れる」私は、「封じこめないと保たない」ヒトとの心理的な距離を感じます。
同じ通りに面していても(建造年度がたいして違わなくても)無傷な建物。
もののみごとに横倒しになっている建物。
「一体この違いはなんなんだ?」。

洪水の被害程度の違いは、
歩きまわれば(腹立たしくはあっても)納得がいくんですが・・・
地震のもたらしたものの違いはいまだにわけがわからないままですよ。
Commented by gabefunyaa at 2006-01-17 16:13
>徒然閑話のmacさん
御訪問ありがとうございます。
伊勢湾台風で、豊岡市の中心部に2mほどの浸水があったことも
語り伝えられていたのに あの水害が発生してしまった。
阪神淡路大震災、の記憶があっても 大規模な地震による災害は防げ無いんでは?
と 私 思う事があります。・・・無力感ってんでしょうか。
 
Commented by gabefunyaa at 2006-01-17 16:25
☆ライフラインについて「教訓を風化させるか生かすか」をよみ、尼崎市内にいた私の実感でも、電気の復旧は地震の時には早かったのですが
電線を地下に敷設する場合、ここまですばやく復旧できるんだろうか?という疑問があります。
一方で水害や大雪による停電はありふれたものですし、この長期化ということになると、オール電化住宅はリスクテイクが大きくてできません。
熱源として、電気・ガス・そのほか複数もっておかないとなあ・・・とは思うのですが。
Commented by hekomiimo at 2006-01-17 16:47
「木造家屋は地震に弱い」とあの頃盛んに言われました。

今、大工さんやその道具にかかわる仕事をしておりとても興味深いです。
「家」って建てっぱなしだとだめなんですね。
大工さんは大工さんで、自分が建てるとなったら、それはもう魂を込めて打ち込むんです。家を建てる事に愛情がこもっています。
施主さんとときには喧嘩もやる。双方がよりよい方向に向かうよう、話し合いが繰り返されます。

小さな敷地にちまちまと建てられたうすっぺらい壁の建て売り住宅にはマニュアルと仕様書に基づく作業。
住宅販売会社・下請け建築会社・水道工事会社・電気会社など、それゾレは顔を合わす事はありません。

地鎮祭や棟上げ式。近所の子供はおもちやお菓子をもらって帰りました。材木をけずるかんなからこぼれおちる薄い木の皮の香り。塗り込められる白い土塀。
そういった一連の「家を建てる仕事」を見ることもなくなってしまいました。

子供の将来なりたい仕事に「大工さん」が登場しなくなったのはいつからでしょう。
大工さんの頑固なまでの職人気質。そういったものがこの国を支える文化であったと思うのですが。
Commented by uncle-mac at 2006-01-17 17:14
実際、何時来るか分かりませんし、当たり前ですが「その時に居る建物」が潰れるか潰れないかでその後が大きく変わります。悪ければ死んで「その後」は無いですが。台風や水害よりも予測が困難だし、時間的猶予も全く無い訳です。だから、そもそも「風化」自体がおかしい事です。何年経っても変らない備えが必要ですよね。
オール電化の場合は相当量の太陽光発電か燃料電池発電が必須に成ら無いとまずいですよね。どちらかと言うと後者の方が震災に少しでも強そうです。更に飲み水の貯水タンクも有った方が良いでしょうね。なかなか出来ませんが。。
Commented by gabefunyaa at 2006-01-17 18:00

>凹さん
私のちび息子@弟は絶滅危惧種、将来大工さんになりたい少年です。
私はイナカモンなので
都市部の木造1戸建てと称されるものをはじめてみた時には、
そりゃあびっくりしましたよ。こんなちゃちなもの大丈夫なのか?って。
どうせなら下請けではなく、ちゃんと施主とやりとりをして
命の器でもある家を建てるような大工になってもらいたいです。
Commented by hekomiimo at 2006-01-17 18:05
macおじ、今日のラジオで聴きましたが、江戸時代大阪に大津波がきて大勢の人々が亡くなったんだそうです。その何十年か何百年か前にも同じ被害があったそうで。そこに石碑があるそうですよ。
「またたくさんの人が亡くなった。私たちは日頃からの備えをしていなかった。子孫たちよ。この過ちを繰り返すな」
・・・みたいな事が書かれてあるそうです。

って、どこで書いてるねん〜〜〜

わたしゃぁ、今日は自分とこから家出ちゅう〜〜

明日はもとにもどってるからねぇ〜〜

まめたぬさん ゴメン!
Commented by hekomiimo at 2006-01-17 18:07
ギャハハ〜〜家出、速攻 発見されたっ!
Commented by gabefunyaa at 2006-01-17 19:22

>凹さん
ここは和みの場ですんでお気になさらずに。
(・・・カープファンなのに巨人や阪神ファンも歓迎。
愛媛MPファンなのに宿敵・高知FDファンのところに出没するし。
・・・いかん、例が野球ネタになってしまった。)

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