違った目線で考えること

どうも 1つの話題となる物事 が 出たら
マスコミが誘導する(ような気がする)1つの目線で
私も含めて 多くの人々が
物事を見てしまっている ような気 がしてならない。

そして
その1つの目線以外を
それはありえへんし
切り捨てて行く傾向が 強いような気がする。

んと
いじめ自殺報道を見た場合
多くの子持ちのヒトは
(自分の子どもが)いじめられて 自殺したら どうしよう?

考えるみたいだが
私の場合
いじめのリーダーになったら、かなわんな…。
だの
周辺にいてそれを容認する人間になられるのも嫌だな
と思う。
面と向かって止めるのは 「やばい」んで
(いじめのターゲットになるよりも何よりも,単なる喧嘩扱いされるだろう,うちの子どもらだと)
まともな大人(これが減少しておる)に
あれは 非人道的行動だぞ と シグナルを送れる 人間になってもらいたい

なお、私自身は いじめられてた小学生の頃,
いじめのリーダーよりも,
周辺にいて いじめを容認している集団 の方が大嫌いだった。
自分にさえ 火の粉が ふりかからんかったら
他人がどうなろうと 知ったこっちゃ無いんだからな。
「子どもの質が変った」というてる識者が 多いが
いじめのターゲットになった ことのあるもの に 言わせれば
傍観して いじめを容認している集団の(子ども達の)質には大差は無い。
まあ、昔のいじめのリーダーってのは
いまのいじめの風を吹かせている人間
(自分には問題はなく,空気を読んで風を起こしただけだ,と嘯くに違いない)
とはちがって、
自分の抱えている問題を 
他人に当り散らしてすりかえていることの 非を認める 点があったけどな・・・

いまはどうなんだろう?
中学生の頃
クラスで ある一人を 浮きあがらせるような企て があった
んで
学期が変わったら
その企てをやっていた奴が
今度は 浮きあがらせられるターゲット になっていたぞ。

その時思ったのは
・いじめられたら他人の心の痛みがわかる
なんてのは
物語の世界で
どっちかっちゅうと
・その経験を元に上手に世を渡ろう
となるのが 現実だってことと
明日は我が身
ってこと
なぜなら・・・俗に いうじゃないか 
明日は明日の風が吹く って

※浮きあがる んではなく
 ズレてしまうと 向こうさんも阿呆らしくなるのか?
 ターゲットにされない事を覚えたのは 多分中学生の頃だ
 結果的に
 私は とっとと「女の子」をやめ 「オッサン予備軍」になったんだがw 
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by gabefunyaa | 2006-11-19 11:11 | テーマトーク | Trackback | Comments(2)

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Commented by gegenga at 2006-11-19 11:31 x
>浮きあがる んではなく ズレてしまうと 向こうさんも阿呆らしくなるのか? ターゲットにされない

私なんか、ずっとこんな人生(笑)
最近は、オッサン予備軍からオッサンに進化しました(爆)
Commented by takaitoko at 2006-11-19 18:50
当方も、小学生高学年の頃、いじめられっ子でした。今から思い起こしてみると、無口であるとか、頼りない性格など、自分にも原因がありました。性格的にも、内向的だったので、中学、高校と、目立たぬように生活していましたが、もう少し、強い性格だったら・・・と思います。(^^ゞ

それにしても、社会人になってからは、見事に、浮いていたなぁ。浮いていたというよりも、世渡り上手になっていました。

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