能力に応じて等しく教育を受ける権利は保障されているのか?

競争して結果を残せる人間が認められる環境の方がフェアでいい

こう言えるひとは
すでに、よい条件をもっている
と思うのは
高度経済成長による格差の縮小が
そんなに感じられなかった辺境の地、出身だからだろうか?

公立高校の学区再編+統廃合の促進

おそらく背景には、少子化に伴い
公教育のコストを下げようという狙いがあるのだろうが
競争するためには何が必要なのか

感じ取る雰囲気すらない状況から
競争して、結果を残せる人間って育つんだろうか?

最初っからフェアな競争じゃないってこと

批判もあったが
アファーマティブアクションという形でアメリカ合衆国はチャンスを与え
フランス共和国でも
比較的下層住民とされる地域から
高等教育を受ける機会を与えることが実験的になされていた


エセ同和に振り回され
ごく一部の利権を握っている在日外国人にも利用され
実のところ
な~んも状況はよくなってないんではないか。
むしろ悪くなってたりして。

有名私学に子どもを通わせれば解決になると思い込んでいる
一般サラリーマン世帯は
熱意は買うが
私の目からは道化にしか見えない。

スーパーエリートでなくても
希望を失わずに生きられる社会って
教育の力にまつべきもの
だったんだろうな。
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by gabefunyaa | 2007-07-14 16:37 | 教育談義 | Trackback | Comments(2)

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Commented by antsuan at 2007-07-14 18:13
等しいとか公平とか格差のないとか云う、日本人の感性を逆手にとって公共財産を食い物にするやつらを見張っていないといけないようですね。
Commented by gabefunyaa at 2007-07-14 21:49
☆>あんつぁんさん
>公共財産を食い物にするやつら
これがたくさん いすぎる ところが大問題!
社会保険庁問題はうやむやにされそうな勢いですし
こういう国のどこを愛せというんだか。

学校教育を 偏差値の高い世間的に評判のよい私学で受けられても
そのあと 納得のいく人生を遅れるとは限らない
そこが抜け落ちているケースが
「お受験」に乗せらてしまう人には多いようなんですよね。
この学校がいい、それはこの教育方針がいいからだ、
っていう理由で選ばない私学への進学ってナンセンスだと思うのですよ。

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