覚えていらっしゃるでしょうか?

ずいぶん前に
EBウイルスについてここでとりあげていましたが
彼の近況記事をWEB上で見つけることができました。
大学野球:難病乗り越え、夢のマウンド 高知大3年の戸田さん「この日が来るとは」
(毎日新聞 2007年8月22日 東京朝刊より)

血液の難病で一時は生死の境もさまよった元高校球児で、高知大3年の戸田浩司さん(21)=高知市=が23日、大学で初の公式戦のマウンドに立つ。野球仲間や同級生たちが県内で骨髄バンク登録運動を推進。運動の輪はプロ野球界にも広がり、巨人の原辰徳監督や上原浩治投手、阪神の藤川球児投手らがドナー登録した。それでも適合者が現れず、別の治療法で病と闘ってきた戸田さん。「病院のベッドで夢にまで見たマウンド」で、全国の支援に応える全力投球を見せるつもりだ。【袴田貴行】

記事の続きはMoreの先に全文引用しています。
(おそらくいまの形のMSNインタラクティブの運用停止とともに消滅するでしょうから)

お知らせのみのエントリですんません。



土佐高(同市)でエースだった。しかし、大学1年の05年10月、ウイルス感染した細胞が異常繁殖し、多臓器不全や白血病を起こす難病「慢性活動性EBウイルス感染症」と診断された。戸田さんを救おうと、大学や高校の関係者らが同年12月に「戸田浩司君支援会」を結成。骨髄バンクへの登録を呼びかけた。野球関係者らを通じて運動は広がり、骨髄移植推進財団(東京都千代田区)の活動とも連動。国内のドナー登録者は約1年半で5万人以上も増えた。

 しかし、戸田さんの白血球の型は非常に珍しいタイプ。「もう時間がない」。主治医は06年2月、戸田さんの弟の末梢血(まっしょうけつ)から造血幹細胞を抽出して移植する「末梢血幹細胞移植」を施した。

 免疫拒絶反応による苦しみが続いたが、6月末に退院。10月に約1年ぶりに大学へ復学、野球部にも復帰した。半年は免疫抑制剤を服用し、マスク着用でトレーニング。1日約2時間がやっとだった。それでも、今年5月には練習試合で1イニング投げられるまでに復調。先月、小松清祥監督から、同市の高知東部球場である四国六大学野球秋のリーグ戦での中継ぎ登板を言い渡された。

 「マウンドに立てる日が来るとは思わなかった」と話す戸田さん。中学校時代の恩師で、運動を進めてきた土佐中(同市)の坂本隆教諭(54)は「支援してくれた全国の皆さんのおかげ。血液の難病で闘っている患者さんたちの励みにもなると思う」と話している。

[PR]

by gabefunyaa | 2007-08-22 14:20 | あれこれ | Trackback | Comments(0)

トラックバックURL : http://kotanuki.exblog.jp/tb/7332370
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。

<< ココは熱帯か。 北神戸にはいけません・・・ >>